意識のハードプロブレム
意識のハードプロブレム、哲学的ゾンビついて説明します。
意識のハードプロブレムとは?
- オーストラリアの哲学者のデイヴィッド・チャーマーズによって提起
- 意識は、その人だけの体験であり、その主観的体験というその性質がゆえに、外からは確認できない問題
- 意識は、科学の範疇の外にある。科学では意識に迫れないということを婉曲に表現している
- 対となる概念として、脳における意識を伴う情報処理の物理的過程のみを扱う問題を、意識のイージープロブレムと言う。
クオリアとは何か?
- 覚醒状態にあって主観的な意識経験をしている時の、その意識の中身のことを「クオリア」と言う。
- クオリアには様々な種類があり、色のクオリア、痛みのクオリア、思考のクオリアとは、それぞれに特有の感じの(感覚的な)主観的な経験を指す。
- 狭い意味でのクオリアは、例えば、赤いリンゴの「赤さ」を指す。ある一瞬の意識経験における何らかの場所や、意識に上っている物体の一部から選び出した意識経験のある一側面、一つの特徴と言える。
- 広い意味でのクオリアとは、「赤いリンゴを手に持ち、それをキッチンで切って、今から食べようとしている」というような、ある一瞬の意識経験の質すべてを指す。
- 脳科学では「クオリアはなんらかの脳活動によって生み出されている」と考えられている一方で、クオリアは外部から観察できない現象なので、その存在を認めない研究者もいる。ロボットにはロボットなりの特殊なクオリアが存在するかもしれないという意見や、主観的経験をしているように見えるロボットにはクオリアの存在を認めても良いのではないかという意見もある。
哲学的ゾンビ
- チャーマーズは、意識のハードプロブレムの思考実験として、「哲学的ゾンビ」を考案。
- ゾンビが住む世界を想像してみてください。ゾンビと言えば、腐った体、抜け落ちた足、よたよた歩きをしながら、こちらに近づいてくる様子が想像できますが、彼らの外見は、普通の人間とまったく同じです。仕事があり、家族があり、遊びに行きます。「本物の」人間との唯一の違いは、実際に考えているのではなく、考えているように見えるだけだという点です。意識を持っているようにみえますが、実際には持っていません。針でつつくと「イタイ」と叫びますが、実際には彼らには痛みなどまったく感じていません。
- 彼らと本物の人間の違いは、どうしたら判るのか。 客観的な視点では違いが判らない。
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